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09年2月7日 awabunka 71,060
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【種別】館山市有形文化財(建造物) 指定

【名称】小谷家住宅 1棟

【所在地】千葉県館山市布良1256番地

【所有者の氏名】小谷 栄

【時代】明治時代

【構造形式】桁行10.98m、梁間8.55m、寄棟造、桟瓦葺き、平面積92.7u

【建築年代】明治22年大火後の再建


【創建及び沿革】

小谷家の所在する布良(めら)は房総半島最南端に位置している。布良浦は潮流が激しく古くから魚介類の宝庫で、延享年間には鮪延縄漁も創始されて布良は漁村として大いに栄えた集落である。

小谷家は江戸時代から続く漁家で、昭和19年に廃業するまで船主であった。明治には布良村漁師頭や布良救難所看守長を務めるなど(注1)、村の指導的役割を果たした家柄である。

布良は明治9年、明治22年、大正2年に大火を被り、それぞれ229戸、74戸、137戸が焼失している。当時の家屋はほとんどが茅葺き屋根であったと思われるが、次第に屋根を瓦葺きにするなど不燃化を考慮した造り方に変化していったものとみられる。

小谷家住宅は、明治9年大火後に再建されたと言い伝えられている。しかし、間取りや垂木止めに洋釘を用いるなど、明治初期の造りよりも新しい傾向を示しており、明治22年大火後の再建と考えた方が妥当である。また、明治37年にはこの住宅の「オクフタマ」に洋画家青木繁が逗留していることや客座敷平書院の欄間彫刻に橘義信作の刻銘(注2)があり、義信は明治20年代から活躍して大正15年に没していることから、明治22年大火後の再建を裏付けている。

住宅は建ちの低い桟瓦葺きの平屋建てで、内部に土間はなく下手に差し掛けの土間・炊事棟を建て、安房地方に多く見られる分棟型に近い形態をとっていたとみられる。あるいは農家とは異なった漁家としての性格が出ているとも考えられる。この差し掛け部分は昭和43年ごろに建て替えられ、背面上手裏の連続した2か所の押入も後に増築された。

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08年9月25日 awabunka 35,152

明治洋画壇の天才画家といわれる青木繁は30年にみたない生涯であったが、天ぴんにくわえ情熱を傾注した幾多の佳品を残し、明治浪漫主義の一大金字塔として景仰されております。

画伯は生涯で最も幸福であり、良き年であったといわれる明治37年夏、この地に滞留し、代表作となった海の幸≠始め数点を描き上げました。

この碑は画伯を敬慕し、その芸術を愛する者たちがあい寄り、没後50年を記念して、ゆかりのこの地に建立したものである。

昭和37年4月 発起人 【記念碑文より】



(最下段の説明看板は、2009年7月に館山市によって設置されたものです。)

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08年9月25日 awabunka 27,873
青木繁《海の幸》誕生の家と記念碑を保存する会
事務局: 特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム
〒294-0036 千葉県館山市館山95 小高記念館内
TEL&FAX 0470-22-8271

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