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明治洋画壇の天才画家といわれる青木繁は30年にみたない生涯であったが、天ぴんにくわえ情熱を傾注した幾多の佳品を残し、明治浪漫主義の一大金字塔として景仰されております。

画伯は生涯で最も幸福であり、良き年であったといわれる明治37年夏、この地に滞留し、代表作となった海の幸≠始め数点を描き上げました。

この碑は画伯を敬慕し、その芸術を愛する者たちがあい寄り、没後50年を記念して、ゆかりのこの地に建立したものである。

昭和37年4月 発起人 【記念碑文より】



(最下段の説明看板は、2009年7月に館山市によって設置されたものです。)

08年9月25日 awabunka 34,337
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■ 青木繁画伯記念碑建立計画

1.建立の場所 千葉県館山市布良字阿由戸1132番地

千葉県立館山ユースホステル前方

館山市立布良海の幸記念児童遊園内

1.建立の時期 昭和36年9月予定

1.建立費 一金60万円以内

1.碑の形、文字など 次の設計者に依頼し、理事会において決定します。

東京大学教授 生田勉氏

1.醵金募集の方法 建立賛助貝を結成し、会員組織により拠出をします。

1.その他 剰余金を生じたときは、追って組織予定の記念碑管理委員会基金として繰り入れさせていただきます。

08年9月27日 awabunka 10,070
記念碑設計:生田勉

■青木繁「海の幸」記念碑 設計 生田 勉

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08年9月26日 awabunka 11,138

「われ丹青によって男子たらん」と深く自からに誓った明治洋画壇の鬼才 青木繁画伯が福岡市杉浦病院の一室で不遇のうちに夭折されてここに50年を迎えました。

画伯はその30年に充たない生涯に、天びんにくわえ情熱を傾注し、妖しいまでの光芒を強く放つ幾多くの佳作を残されました。その作品は明治浪漫主義の一大金字塔として景仰されているところであります。

明治37年夏、それは画伯の短い生涯で最も幸福であり、良き年であったといわれておりますが、房州布良海岸≠ノ滞留し、ここに素材を得て熾烈に生命を燃焼させ、作品海の幸≠始め数点を描き上げました。

ゆらい房州路は、その敦厚な風俗と、秀麗な景趣をもって知られ、夙に文人墨客の来訪多く、なかんずく布良の磯浜は黒潮に烟り、厳冬のころ早や菜種の花の咲き乱れる地であり、前方指呼の間に伊豆大島を浮べ新島利島など遥かにこれに連り、天城の嶺、富士の容姿はその右方に仰がれる所であります。加うるに漁村独特の人数風俗は共に画人の愛好かかないところ、即ち画学生の町と言われるゆえんでもあります。

ここに画伯を敬慕し、その作品を熱愛する者たちあい寄り、ゆかりの布良海岸に記念の碑を建立して、永く追慕いたしたいと発起いたしました。

願わくばこの挙に対し、深い御理解と御賛同を賜わり、お力添えをいただけますならば、望外の幸せと存じます。


昭和36年9月


発起人

代表 田村利男:館山市長


坂本繁二郎:文化勲章受賞

辻 永:日展理事長

富永惣一:国立西洋美術館長

中沢弘光:文化功労賞受賞

熊谷守一

金沢秀之助

石川寅治:日展監事

山下新太郎:文化功労賞受賞

河北倫明:国立美術館次長

中村新一:芸術院会員

鈴木千久馬:日展評議員

嶋田 繁

川名正義:千葉県公安員

穂坂与明:館山病院長

赤穴 博:…児童園長

安田豊作:館山市立北条小学校長

野原 肇:館山市布良漁業協同組合

神田徳次

小谷 庸

長谷川広治


事務局:館山市役所

08年9月30日 awabunka 10,077
青木繁《海の幸》誕生の家と記念碑を保存する会
事務局: 特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム
〒294-0036 千葉県館山市館山95 小高記念館内
TEL&FAX 0470-22-8271

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