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青木繁《海の幸》誕生の家と記念碑の保存・管理にかかわる活動や、名画誕生の地である館山市富崎地区の自然・歴史・文化をまちづくりに活かす活動等をすすめるために、多くの皆様の温かいご支援をお願いしております。なかでも、保存・管理は多額の経費が必要となるため、ぜひとも格別なるご支援を賜りたく存じます。


館山市ふるさと納税

「小谷家住宅の保存・活用に関する事業」を指定して寄付すると、税控除となります。

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会員募集のお知らせ

会の理念に賛同し、活動の支援をする会員を募集しています。

11年6月5日 admin 251,333

● 概要

西洋画として我が国最初の重要文化財に指定された《海の幸》は、1904(明治37)年に青木繁が房州の漁村・布良(館山市富崎地区)の小谷家に逗留して描いたものである。明治期にはマグロ延縄漁で栄えていた同地区の現在は、人口が500世帯1,000人、うち過半数は65歳以上、小学校児童は17名という超少子高齢集落である。

《海の幸》誕生100年を契機に、ウォーキングやシンポジウムを重ねて地域への誇りを育み、小谷家住宅と青木繁の没後50年に建立された記念碑を後世に残そうという機運を高めてきた。高齢コミュニティの再生と地域活性化を目ざし、2005年から取組んできた。

08年9月24日 admin 201,712

1882(明治15)年、福岡県久留米生まれ。1904(明治37)年夏、東京美術学校を卒業した青木は、画友の森田恒友、坂本繁二郎、福田たねとともに、小さな漁村・房州富崎村布良(現在の千葉県館山市)を訪れています。帝国水難救済会布良救難所看守長・小谷喜録宅に2ヶ月近く寝食の世話になりながら、多くの作品を描きました。エネルギッシュな漁師たちの姿に鼓舞され、描かれた代表作品は、神話の「海幸彦山幸彦」にちなみ、《海の幸》と題されました。 3年後に描かれた《わだつみのいろこの宮》とともに、後年には国の重要文化財となっています。

この地で結ばれ、懐妊した福田たねを伴い、翌年には焦心に駆られて再度この地を訪れ、伊戸の円光寺に投宿しています。『古事記』を読みふけり、安房神社をはじめとする神々のふるさとの姿にふれて再起し、円光寺では板戸に力強い焼き絵を描いています。 現在、この地に残っていないのが残念です。

誕生した男児は《海の幸》にちなんで幸彦と名づけられますが、入籍をしないまま2歳で別れます。 故郷に戻った青木は放浪生活の末、病に倒れ、1911(明治44)年に28歳の若さで亡くなりました。 成人した遺児・幸彦は、『笛吹童子』で有名な尺八奏者・福田蘭童として活躍。 また、蘭童の子・石橋エータローは、クレージーキャッツの一員として一世風靡した後、料理研究家として活躍。 芸術家であり海を愛する血筋は、三代にわたって流れていたようです。

(写真は『画家の後裔』1979年講談社刊より)

09年2月1日 awabunka 224,420

■富崎の様子

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富崎地区は、館山市の南の玄関口にあります。平地が少なく、海に面した地形で、相浜漁港と布良漁港を中心に家が集まっています。

布良の沖合いは、黒潮と親潮がぶつかる所で、全国的にみても魚の種類の多い海域で、昔から漁業を中心に栄えてきた海辺のまちです。

私の家は布良漁港の近くにあります。漁をしながら民宿や旅館を営んでいる家も数軒あり、漁港から出港する船を利用する釣り客も増えています。

布良漁港の南側にある阿由戸(あゆど)の浜は、昔、黒潮に乗ってやって来た忌部(いんべ)氏が上陸した所と伝えられ、富崎地区は神戸地区とともに、安房開拓にまつわる神話が伝えられている地域です。

富崎の地名も、布良崎神社の祭神で安房開拓の祖と伝えられる天富命(あめのとみのみこと)と、岬に位置する地域であることに由来しています。明治22年に富崎村ができたときにその名がつけられました。

富崎小学校には、「富崎カルタ」というのがあります。3学期の初め頃、体育館に全校児童が集まって行われるカルタ大会は、10年以上続く富崎小学校の伝統行事です。カルタは画用紙大の大きさで、「昔の伝統船祝い」「海の幸描く青木繁」「みんなで歌った房州安房節」など、富崎地区の歴史や自然が描かれています。

明治時代、布良はマグロの延縄(はえなわ)漁が盛んでした。漁師さんたちによって歌い継がれている「安房節」は、富崎の漁業の歴史を私たちに伝えてくれています。

カルタにも描かれている富崎の歴史やまちの様子を調べてみました。

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08年9月24日 admin 209,445

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09年2月7日 awabunka 112,516

1882(明治15)年、福岡県久留米生まれ。1904(明治37)年夏、東京美術学校を卒業した青木は、画友の森田恒友、坂本繁二郎、福田たねとともに、小さな漁村・房州富崎村布良(現在の千葉県館山市)を訪れています。帝国水難救済会布良救難所看守長・小谷希録(喜録)宅に1ヶ月半近く寝食の世話になりながら、多くの作品を描きました。エネルギッシュな漁師たちの姿に鼓舞され、描かれた代表作品は、神話の「海幸彦山幸彦」にちなみ、《海の幸》と題されました。 3年後に描かれた《わだつみのいろこの宮》とともに、後年には国の重要文化財となっています。

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08年9月24日 admin 203,166

事務局:安房文化遺産フォーラム

awabunka.npo▼gmail.com


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08年9月24日 admin 206,112

青木繁《海の幸》誕生の家と記念碑を保存する会

事務局: 特定非営利活動法人(NPO) 安房文化遺産フォーラム

〒294-0045 千葉県館山市北条1721-1

TEL&FAX 0470-22-8271

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